2021.2.26
非正規労働者の権利実現全国会議
共同代表 脇田 滋(文責)
1 政府は、現在、労働者派遣が禁止されている「へき地の医療機関への看護師等の派遣」と、「社会福祉施設等への看護師の日雇派遣」を可能とする、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行令(昭和 61 年政令第 95 号)(以下単に「政令」という)の改正を検討し、本年4月1日からの施行を予定して 2 月 8 日からパブリックコメントを募集している。
2 政府は、同政令の改正を行う必要性として、へき地医療機関と、社会福祉施設等における看護師等の人材確保の必要性を挙げる。たしかに、へき地医療機関と、社会福祉施設等においては、恒常的に人手不足があることは事実であるが、そうであれば医療機関や福祉施設等が直接に、期間を定めない労働契約を締結し、手厚い処遇によって適切な有資格者を集めるのが筋である。そのためには、困難な人手不足状況の中で国や自治体が必要な財源を用意し、職業紹介や関係団体への協力を求めて募集・斡旋を公的に支援することが必要であり、そうでなければ「人材確保」自体が不可能である。
3 しかし、政府が進めようとしているのは、ILOが求める「人間らしい働き方(decent work)」による「人材確保」ではなく、不安定・無権利な働き方として弊害が社会問題化している「労働者派遣」、とりわけ不安定きわまりない「日雇派遣」による「人材確保」であって、あまりにも理解し難い、不合理な政策である。そもそも、医療、福祉の現場の労働者が定着せず、「人材不足」が生じている原因は、労働環境が過酷である一方、それに見合った待遇を受けていないことにある。へき地医療機関、社会福祉施設等における看護師不足を解消するために必要なことは、その労働環境・待遇を抜本的に改善することである。営利的労働者派遣に「丸投げ」して、住民・国民のために働く看護師の確保という公的責任を回避するのは、本末転倒の愚策と言うしかない。
4 日雇派遣は、1999 年の労働者派遣法改正で導入されたものであるが、その雇用期間の短さによる雇用不安定に加えて、オンラインを通じた募集をする派遣会社(派遣元)の使用者責任の所在が不明確になること、労災保険への不加入、意味不明の賃金天引き事例など、様々な法違反が横行した。とくに、派遣会社の実態が有料職業紹介と変わらないのに、3割~4割もの過大な派遣料金を取る一方、最低賃金水準の劣悪待遇をすることなど、労働者を搾取して営利を追求するする だけの存在であることが、社会的に可視化された。そして、2007 年頃には、日雇派遣の弊害を批判する世論が大きく高まり、2008 年のリーマン・ショックを口実とする「派遣切り」への批判、2009 年の総選挙で派遣労働の抜本的見直しを掲げる野党が勝利し、政権が交代した。そして、2012 年、労働者派遣法が改正され、労働者保護のために「日雇派遣」が原則禁止されるに至った。
5 ところが、2012 年末に成立した安倍第 2 次政権は、再び、派遣法の規制緩和を進めて、2015 年、違法派遣での派遣先直用の可能性を限定するなど、2012 年改正で導入された一定の規制を逆戻りさせた。そして、この改正で、日雇い派遣の一部が解禁された。今回の政令改正は、こうした規制緩和の延長と理解される。その背景には、派遣業の凋落(売上高 2008 年 77,892 億円→2013 年 51,042 億円)を回復しようと躍起になってきた派遣業界の圧力があると思われる。安倍第 2 次政権は、99 年当時、政府ブレーンとして規制緩和論を展開したパソナ会長らを復帰させて労働者派遣の規制緩和を再開した。2015 年改正では立法過程に派遣業界代表者が「オブザーバー」という名目で大きな影響力を行使したが、これは未曽有の事態であった。今回の看護師の日雇派遣容認にも規制緩和推進論者が「規制改革推進会議」答申(2019 年 6 月)に直接に関与して業界を代弁する議論を展開している。
つまり、今回のへき地医療や社会福祉施設への看護師の日雇派遣導入は、人材確保に悩む医療・福祉現場や人間らしい働き方を望む看護師側の要望から出発したものではなく、2008 年以降、派遣労働への労働者側の不信感や、一部規制導入によって営業利益を失ってきた派遣業界と、それに癒着した「政財官複合体」が生んだ「私的利益追求」の産物である。すなわち、今回の政令改正案は、「コロナ禍における看護師不足解消への対策」という、もっともらしい体裁で国民を欺瞞し世論をミスリードしようとするものであり、その「実質」は許し難いものである。
6 看護師業務は、長く労働者派遣適用対象から除外されてきたが、そこには大きな理由があった。本来、患者の生命にかかわる医療や福祉に従事する看護師は、孤立して業務をするのではなく、医師をはじめ病院・施設の中におけるチームの一員として働く必要がある。そして、病院・施設等が労 働者を直接雇用して、常勤として働くことが前提とされてきた。とくに、医療では、医療法、医師法、 各種の国家資格に基づいて、多くのコーメディカル・スタッフが必要人員として配置される必要があ り、福祉施設も各種の福祉法やそれに基づく施設基準に基づき、有資格の労働者の配置が義務づけられてきた。そして、チーム医療・チーム福祉による医療・福祉サービスの質を維持するためには、有資格の専門職を直接・常用雇用することが、患者・利用者の生命・生活を守るために必要な規制 として受け入れられた来たのである。
ところが、新自由主義的な規制緩和論が台頭する中で、こうした医療・福祉制度の基本を揺るがす動きが強められてきた。医療では、病院の「直用主義」の変更が、一部業務のアウトソーシング(外注化)によって徐々に拡大した。清掃、警備、施設管理から始まり、医療事務、給食、検査などの業務で、派遣・請負の形式での労働力利用が拡大し、「直用主義」が大きく後退した。しかし、患者の生命・健康に直接かかわる、医師、看護師などの医療スタッフについては、最近まで、三面関係で使用者責任が曖昧となる労働者派遣が禁止されたきたのである。ただ、ごく例外的に短期間での常勤スタッフ化を前提にした「紹介予定派遣」が容認され、とくに、医療機関ではない社会福祉施設などに限って例外的に導入されてきたのである。
今回の規制緩和は、従来、一般の労働者派遣が禁止されてきた「へき地の医療機関」に、看護師などの労働者派遣を「紹介予定派遣」でなく、「一般の労働者派遣」として導入するという点で従来の壁を大きく崩すものである。これは、将来的には、「へき地」でない地域にある医療機関でも、看護師などの労働者派遣容認を拡大する布石であると理解される。また、社会福祉施設については、従来、常用化を前提に「紹介予定派遣」などに限定して労働者派遣が容認されてきたが、その規制の壁を破って、この 4 月から「日雇派遣看護師」を広く導入できるようにするものと考えられる。
7 今回の政令改正案を延長すると、将来的には医療・福祉の現場に、労働者派遣という間接雇用を広く導入することになり、その弊害が強く危惧される。
現行法上例外的に派遣されている看護師について、既に多くの問題点があることは、厚生労働省が、2020 年 2 月に公表した「福祉及び介護施設における看護師の日雇派遣に関するニーズ等の実態調査集計結果」に現れている。
同調査によれば、まず、事業所へのアンケートでは、「看護職員の派遣労働者に関する雇用管理上の課題」として、介護サービス事業所では、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(12.0%)」「指揮命令系統が不明確(11.1%)」「サービス利用者とのトラブル(11.5%)」が目立ち、障害福祉サービス事業所では、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(27.3%)」「不適切な労働時間管理(就業日・就業時間・休憩時間・時間外労働・休暇)(18.2%)」が、児童福祉施設では「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(15.4%)」「指揮命令系統が不明確(15.4%)」など、使用者が異なる派遣看護師が、間接雇用によってチームとしての連携に問題があることが明らかになっている。また、看護職員の派遣労働者に関する医療安全管理上の課題としても、介護サービス事業所、障害福祉サービス事業所ともに約半数が問題があることを回答し、「利用者にかかる情報収集が不十分」「起こりやすい医療事故等について、十分把握できていない」の回答が共通して多く、介護サービス事業所では、さらに、「医療安全を推進する上で、同僚とのコミュニケーションが不足している」「事故発生時、どのように対応すれば良いか、わからない」など、介護事故につながる憂慮す べき回答が多い。また、短期派遣看護職員に対する懸念点についても「労働期間が短期であるため、チームでの役割を発揮しにくい」が、三種の事業所ともに〔介護(64.7%)、障害(50.4%)、児童(55.9%)〕、際立って多い回答結果を示している。
また、看護師等の派遣労働者として働いた者への調査回答は 108 名と多くないが、感じた雇用管理上の課題として、57.4%が課題があるとし、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(24.1%)」「指揮命令系統が不明確(20.4%)」が多く、看護師等の派遣労働者として働く上で感じた医療安全上の課題としては、74.1%が課題があるとし、具体的には「どのような体制で、医療安全管理 が行われているかがわからない(39.8%)」「利用者の情報収集をする時間が不十分(35.2%)」「医療安全に関するマニュアルを把握する機会がない(27.8%)」の順となっている。
以上、厚労省が実施した調査結果自体が、看護師の日雇い派遣には多くの問題点があることを示しており、とくに、現場で働く者同士のチームとしての連携が不足している問題点を明らかにしている。そして、今回の政令改正にはその立法事実がなく、むしろ、短期の日雇い派遣でなく、常勤としての安定雇用が必要なことを示している。
8 看護師の日雇派遣により生じる問題は、看護の質、ひいては施設利用者の基本的人権にも大きな影響を与える。社会福祉施設における看護師は、医療的な視点での支援を行うだけでなく、利用者の気持ちに寄り添いながら、長い時間をかけて信頼関係を築いている。多様なニーズを抱える人々の身体状況には急な変化がしばしば生じるが、従来は、専門性の高い常勤看護職員がそのニーズに対応してきた。しかし、職員配置基準に常勤換算法が用いられるようになり、計算上は一人の職員であっても、複数の者が個別に関わり、問題の申し送りが不十分であったり、最悪の場合、申し送りがないため、重大な問題が生じる事態も起きている。現在、看護職員の常勤換算も認められているが、日雇派遣になれば、現在の問題をいっそう深刻化させる危険性が大きくなると言えよう。これは、福祉施設の質を担保する設置基準の実質的な劣化・後退をもたらす点で、基本的人権としての福祉サービス利用権の重大な形骸化である。
9 福祉施設にとっても看護師の日雇派遣導入は、派遣看護師の採用(選任)や労務管理をめぐって、従来とは異なる多くの複雑な問題を発生させることになる。
従来、福祉施設で働く看護師については、問題のある短期(細切れ)契約であっても、その採用(選任)は、使用者としての福祉施設自体が実施していた。しかし、労働者派遣法では紹介予定派遣を除いて、派遣先が「直接面接」などによって派遣労働者の特定を目的とする行為が禁止されている(第 26 条第 6 項)。その結果、日雇派遣では、雇用責任を負う建前の派遣会社(派遣元)が看護師を採用(選任)することにしなければ違法となるので、福祉施設(派遣先)は採用(選任)権限を失い、看護師として誰が来るかは、派遣会社からの派遣を受けて初めて分かることになる。この問題は、既に例外的に容認されている日雇派遣についても同様であり、これまで顕在化しなかっただけである。これは、労働者派遣という複雑な三者関係から生ずる多くのトラブルの一つに過ぎない。
要するに、福祉施設としては、看護師の日雇派遣導入によって、派遣会社に多額の派遣料金を 払うことになる一方、スタッフがチームとしてサービスを提供することに困難が生じること、常勤看護師によって得られる高いサービスの質が劣化すること、職場に相応しい看護師を選任する権限を失うことなど、新たに多くの困難を抱えることになる。
10 現在提案されている政令改正案に基づく、へき地医療機関への看護師等の派遣や、社会福祉施設等における看護師の日雇派遣には、多くの問題点がある。これを解禁すれば、医療・福祉の現場に一層、深刻な問題を発生する危険が大きい。とくに、看護師にとっては、さらなる労働環境・待遇の悪化、ひいては利用者の受けるサービス劣化や基本的人権蹂躙を招く可能性が容易に予測できる。
さらに、新型コロナウィルス感染症が拡大する中で、看護師は職場で新型コロナウィルス感染症への感染のリスクにもさらされるため、仮に感染した場合には速やかに労災補償を受けることが必要であるところ、労働者派遣、とりわけ最も不安定な日雇派遣による複雑な当事者関係によって、雇用管理責任の所在が不明確となれば、速やかな労災補償にも支障を来しかねない。
なお、個々の労働者の家庭環境等に合わせた勤務時間・勤務形態にすることは直接雇用でも十分可能であり(むしろ安定した無期の直接雇用の方が個々の労働者に配慮した取扱いを行いやすい)、これらを行うために間接雇用にする必要は全くない。
11 要するに、へき地医療機関や社会福祉施設等における看護師の人材確保のために行うべきは、労働環境・待遇の改善であり、看護師業務についての労働者派遣の容認、とくに、日雇い派遣の解禁はむしろ労働環境・待遇の悪化を招くものというしかない。 以上の理由で、政府が現在進めている関連の政令改正に強く反対する。