ワクチン接種業務を口実にした看護師の労働者派遣解禁に反対する|非正規労働者の権利実現全国会議

ワクチン接種業務を口実にした看護師の労働者派遣解禁に反対する

2021.4.22

ワクチン接種業務を口実にした看護師の労働者派遣解禁に反対する

非正規労働者の権利実現全国会議
共同代表 脇田 滋(文責)

1 ワクチン接種業務への労働者派遣解禁

政府は、現在、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種業務を担当する人材確保を口実に、看護師(以下、准看護師を含む)を国・自治体などの公的機関が募集して直接雇用するのでなく、民間の営利的派遣業者を通じて募集することを目的に、該当する看護師業務を労働者派遣の対象として解禁するために関連省令(労働者派遣法施行令等)の改正を進めている。

政府は、看護師の労働者派遣解禁の理由としてワクチン接種担当人材の不足を挙げている。日本の医療は、約一年間の感染対応の上に「第4波」が急激拡大したことによって逼迫状態にある。しかし、これを口実にして接種担当人材確保を、営利的な労働者派遣業者に委ねる今回の省令等改正は、以下の通り、①国・自治体の公的責任不明確化、②医療チームによる安心接種、③世界の不可欠労働者保護に逆行する「非道な仕打ち」、④改正経過の異常さ、の四つの重大な問題点を含んでいる。私たちは今回改正を、当面のワクチン接種に関連してだけでなく、長期的にも医療・医療労働の劣悪化をもたらす制度改悪と言わざるを得ない。

2 不道徳、不合理きわまりない政策・省令等改正

(1)国・自治体の公的責任不明確化

まず、今回のワクチン接種業務は、全国各地の1億人以上の住民を対象にした、生命にかかわる国家的大事業であり、国・自治体が全面的に責任を持って行うべきである。とくに、未知のウィルス、大量のワクチンを扱う、従来経験したことのない接種業務であり、また、接種後の副反応や死亡者の発生も報道されている。

最初の接種計画樹立から、ワクチンの移送、現場での接種、副反応への対応、公的記録保存の事後業務に至るまで、多様多数の担当者がかかわることになる。多くの業務担当者間の相互信頼、密接な意思疎通・協力協働が必要であり、国・自治体の公的機関が、接種業務全体を見回して統括する必要がある。ミスが許されず、最初から最後まで細心の注意もって実行するためには、安易な民間第三者への丸投げは許されない。

この一年間、政府は、持続化給付金などの支給業務を、不透明な手続きで民間業者に丸投げした。また、政府は、感染症対策として自ら重視し、喧伝してきた「COCOAアプリ」の導入でも、公的責任をもって厚労省が全体を把握せず民間業者への「丸投げ」によってアプリのミスに気づかず、長期間放置してしまい、最近になって担当者が責任を問われることになった。ワクチン接種担当看護師の募集を、営利的な労働者派遣業者に丸投げすれば、この間、政府が犯した「過ち」を再び繰り返すことになることを強く危惧する。

労働者派遣制度は、複雑な三面関係に基づいて、派遣業者(派遣元)が労働者を募集・雇用して、対象業務への派遣は、基本的に派遣業者(派遣元)がその権限かつ責任で行うものである。派遣先である自治体は、業務に携わる看護師の募集(選任)、雇用の責任を負わない(負えない)。必要な業務担当者間の相互信頼、密接な意思疎通・協力協働のためにも、第三者を介在させるべきではない。ワクチン接種業務に営利目的の民間派遣業者を介在させることは、自治体の直接雇用による看護師ではないので、現場では、関連業務についての事前教育や意思疎通に余計な負担が加重されることになる。

要するに、ワクチン接種に営利的な労働者派遣業者を介在させることは、接種の安全性・効率性という点でもきわめて不合理な政策である。国・自治体は、民間業者への「丸投げ」でなく、担当者の直接募集・雇用を前提に公的責任をもってワクチン接種事業を実施しなければならない。

(2)医療チームによる安心接種

ワクチン接種は、現場での医療関係者がチームとして密接に相互連携して、事故を発生させないことが強く求められる。注射事故は、医療事故の中でも最も多い。通常、医師の指示→薬剤師の薬剤準備→看護師の注射準備・実施という経過の中で、どの段階でもミスが発生し、事故につながる危険性がある。これまでも、医学関係の学会で、注射事故が重要テーマに取上げられており、その中では「エンドポイントに位置し、注射薬の使用者である看護師のエラーをいかに防ぐかが課題である」と指摘され、「看護師の注射事故を防ぐために医師、薬剤師、看護師の有効な連携のあり方」の重要性が指摘されている。そして、注射事故防止には、薬剤の危険性、投与方法、投与速度などについての看護師への正確な情報伝達、医師、薬剤師と看護師間の有効な連携の必要性、さらに、新卒看護師の臨床知識・技術の不足への留意なども指摘されている。※

川村治子「注射事故防止に求められる医師,薬剤師と看護師の有効な連携」臨床薬理35巻5号(2004年9月)

この点は、予防接種でも同様であり、厚労省が、2014年4月1日から2015年3月31日までに発生した予防接種事故を取りまとめた資料によれば、5,685件もの事故が発生している。

今回は、1億人以上を対象とする前代未聞のワクチン接種であり、想定外の事故が発生する危険性が十分に予想される。

国立感染研究所の『予防接種における間違いを防ぐために』(2021年3月改訂版)は、2021年2月17日から接種開始された新型コロナ(ファイザー社)のワクチン接種を含めて、予防接種についての注意事項を詳細に掲載している。それによれば、実際にあった間違い事例として、①ワクチンの種類、②接種年齢、③接種回数、④接種間隔、⑤接種量、⑥接種方法、⑦ワクチンの取り扱い、⑧接種器具の取扱い、⑨保管方法のそれぞれについての間違いがあることを紹介している。

今回のワクチン接種について、間違いや事故の危険を避けるためには、接種業務関係者が相互の連携・意思疎通を経てチームとしてエラーを回避することが普段の予防接種時と同等以上に求められている。

労働法規制緩和政策の中で、労働者派遣法は1985年制定以降、派遣対象業務を拡大し続けた。しかし、医療関連業務は、強い規制緩和の流れの中でも、派遣対象業務から除外され続けてきた。その理由は、医師や看護師が担当する業務は、患者の生命に直接かかわる業務であって、病院現場における医療チームとして相互に密接な連携と意思疎通の必要性がきわめて高いからである。労働安全をめぐる使用者責任を曖昧にする労働者派遣や事業場内下請(間接雇用)の導入は、労働現場における危険を拡大させ、派遣労働者の労災事故を多発させ、工場爆発などの重大事故も多発させてきた。※

※少し古いが、厚生労働省「今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書」(2004年)、中央労働災害防止協会『製造業務における派遣労働者に係る安全衛生の実態に関する調査研究報告書』(2007年1月)、脇田滋「派遣・請負労働の実態と安全・健康 すべての労働者の『安全・健康ミニマム』確立を」『働くもののいのちと健康』34号(2009年)12頁以下。また、脇田滋「派遣労働者の労働災害、派遣先の安全衛生責任回避」2019年8月(https://hatarakikata.net/9490/)参照。

感染拡大以前から、政府の長期にわたる医療費削減政策を背景にして、医師や看護師以外の病院関連の多くの業務が、労働者派遣や外部委託化されて病院としてのチーム医療が縮小され、形骸化してきた。そして、労働者派遣は禁止されていたが、医師や看護師の人員数は最少に抑えられてきた。そのため、医療スタッフは業務量に比較して、恒常的に不足し、病院勤務の医師や看護師は過酷な長時間労働を強いられることになった。新型コロナ感染症が発生したが、過労死ラインの長時間労働が蔓延していた医療現場が、さらに逼迫することなった。未知の感染症に十分な対応ができない中で、各地の病院で感染クラスターが発生して医師や看護師も感染する事例が多発している。

結局、看護師の労働者派遣拡大は、疲弊した医療現場を助けることにならず、チーム医療を弱体化させて、現在以上に、「職場の安全」を後退させ、それは直ちに「患者の安全」を脅かすことになる。政府が進めるべきことは、チーム医療を充実させるために、看護師を直接雇用の安定した手厚い待遇で募集できるように支援することである。病院業務の労働者派遣化や外注化(アウトソーシング)は、逼迫した医療現場を一層、劣化させることである。

(3)世界の不可欠労働者保護に逆行する「非道な仕打ち」

日本の労働者派遣制度には、他の諸国の派遣労働制度と比較してもきわめて重大な欠陥がある。労働者にとっては、①雇用不安定、②差別的劣悪待遇、③無権利、④孤立(団結困難)が強いられて、長く安定した人間らしい労働となっていない。それと裏腹に、労働者派遣は、利用企業(派遣先)は使用者責任を回避でき、人件費節減や雇用調整に便利な働かせ方となっている。また、派遣会社(派遣元)は、派遣料金のうち約3割をマージンとして確保できるという、余りにも企業側に有利な働かせ方である。日本は、派遣労働の拡大によって、労働者全体が劣悪雇用化して、社会的格差と貧困化が深刻化してきた。コロナ禍は、労働者派遣を筆頭とする、労働法規制緩和による雇用劣化の問題を改めて浮き彫りにした。

WHOは、コロナ禍の中で、保健医療労働者が、感染の危険に直面していることを訴え、その感染危険からの保護と偏見や差別の広がりに対して各国が適切に対応することを求めている。コロナ禍が長期化する中で、感染の危険があるにもかかわらず、住民の生命や生活に不可欠のサービスを担当し、社会を支えるために働く医療労働者をはじめとする労働者たちを、いくつかの国では、「不可欠労働者(essential worker)」または「最前線労働者(front line worker)」と呼び、特別な保護措置や支援策を導入している。

カナダは、医療・介護従事者、交通・物流従事者などを「不可欠労働者」と定義し、政府が賃金を補助する賃金引き上げ策を採用し、アメリカは連邦や州が、医療・教育・交通など18分野の従事者を「不可欠労働者」と定義し、安全手当の支給や、雇用維持保障、ワクチンの優先接種などを推進している。また、アメリカでは、多くの民間企業を含めて社会全体で、感染症と最前線で闘う医療従事者以外にも、教師、保育、食料品店員、スーパーマーケット労働者、配達員、工場、農場労働者、レストランのスタッフなど、在宅業務が難しい業務や対面業務に従事する労働者を 「最前線労働者」と定義し、彼ら・彼女らのために、生活必需品の無料・割引サービスが広がっている。※

New York Times Wirecutter 2020年8月12日

韓国でも、市民の生命・安全と社会機能維持のために対面サービスを提供する労働者で、医療・介護従事者、配達業従事者、環境美化、物流・運送・通信等の領域で働く対面労働者を「必須労働者」と定義し、国や自治体が。その防疫・健康管理のためのインフラ構築を支援する政策を進めている。とくに、韓国では、2020年12月14日「コロナ19対応のための必須労働者の保護・支援対策」を発表した。そこでは、2021年に「必須業務従事者保護法」制定を推進し、今後、コロナ19のような大規模災害発生時に迅速に対応できるよう、様々な災害の類型と規模に合わせて必須業務従事者を指定し、保護対策を樹立·施行できるように推進システムを制度化するとしている。

こうした諸外国の姿勢に比較して、日本政府は、医療現場で感染症と最前線で闘っている医療労働者に対して特別な保護や支援をすることにきわめて消極的であった。彼ら・彼女らの安全を守るために定期のPCR検査も実施せず、現在もワクチン接種で最優先すべき医療労働者の接種率はきわめて低い。むしろ、医労連(日本医療労働組合連合)によれば、2020年の冬のボーナスは、289組合のうち引き下げられたのは128組合、その中で31組合が10万円以上の引き下げに遭い、最大平均35万円以上も減額される組合さえあった。

※2021年4月16日現在、約480万人の医療従事者のうちで119万8346人がワクチン接種済みで、2回の接種完了者は71万8396人と、全体の約15%に止まっている(時事通信2021年4月19日)。

感染拡大と最前線で働き続けている医療労働者を、不可欠業務労働者として特別に保護するのが世界の動向であり、日本政府のように、医療労働者を冷遇し続ける政府は他の国には見当たらない。とくに現在、政府・厚生労働省が進めている看護師の日雇派遣や、ワクチン接種を口実に労働者派遣化を拡大することは、不可欠労働者を尊重し、支援する世界の方向とは逆であり、不合理きわまりない対応であり、さらには、「恩を仇(あだ)で返す」という意味で、道理・道義に反する「非道な仕打ち」と言わざるを得ない。

(4)改正経過の異常性

政府部内で、看護師の日雇派遣導入の決定に至るまでの経過に対する疑念が広がっている。

既に政府内では2017年頃から、看護師の日雇派遣を進める規制緩和論があったが、2020年7月までの安倍政権時代には、厚生労働省内部に強い反対論があって、政府全体としては否定的立場が支配的であった。ところが、菅政権に代わってから、看護師の労働者派遣解禁論が急激に台頭した。その過程で、NPO法人日本日雇派遣協会という団体からの要望があったとして、2021年11月19日の内閣府の規制改革推進会議でその団体が意見を述べ、それに続く11月28日の規制改革推進会議と厚生労働省の合同会議で看護師日雇派遣導入の結論に至ったとされる。

しかし、このNPO法人については、2021年3月以降、国会の衆参厚生労働委員会で野党議員から、その実体が不明であるとして政府側への追及が始まった。そして、野党側の要望で、高齢者施設への看護師の日雇い派遣解禁について、決定過程にかかわる公文書として、内閣府が厚労委員会理事会に提出した資料(文書)は、ヒヤリング2頁は、タイトル、出席者を含めて、すべて黒塗りされ、議事概要24頁もすべて黒塗りであった。

こうした政策決定過程の不透明さはきわめて重大な問題点である。政府は、公正な経過で政策が決定されたことを明らかにするために、事実関係を徹底して公開するべきである。看護師の日雇派遣は、働く労働者と医療・介護サービスの事業所や、患者や高齢者・障害者など利用者の生命や健康に密接に関連する重大問題である。意見が十分に反映されなかったのではないか、また、一部の人材ビジネス業者の利権追求が、実体のないNPO法人という偽装・欺瞞によって、政府部内での政策決定が大きく歪められたのではないか、という疑念が生ずるのは、この透明性に欠ける経過からは当然のことである。徹底した政策決定過程の解明が必要である。

3 結論

以上のとおり、ワクチンの予防接種業務における看護師の人材確保のために行うべきは労働環境・待遇の改善であり、同業務についての労働者派遣の解禁は、むしろ労働環境・待遇の悪化を招くとともに、住民サービスの低下にもつながるものである。

この4月1日から施行された看護師日雇派遣導入は、建前としては、厚生労働省の社会保障審議会医療部会と労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会の審議を経て政令を改正するという手続きを経ている。そして、この政令改正手続きの一つとして2021年2月8日から2021年3月9日までの1ヵ月間に行われたパブリックコメントでは、省令(施行規則)改正についての意見募集であったが、それについての意見は0件であった。官僚的な対応としては、労働政策審議会という公労使の三者構成機関での意見聴取があるので行政手続法の適用除外として政令に関する意見募集手続きをしていないというものであった。

ただ、政府・厚生労働省は、今回の政令改正について全国から979件もの意見が集中したことを公表し、「今回いただいた御意見については、当該政令の施行に当たり参考とさせていただきます」と書かざるを得なかった。おそらく、政令改正への意見は、そのほとんどが看護師の日雇派遣導入への反対の意見であったからと推測される。

この979件という数字はきわめて大きい。それは、労働政策審議会での意見聴取という手続きが、現場労働者の声を反映しておらず、形骸的なものであることを示している。そして、労働政策審議会制度自体の不機能、それを前提にパブリックコメントを適用除外する行政手続法の不備を明らかにした。とくに、現場労働者の声を無視した労働規制緩和政策に対して、個々人がパブリックコメントという手段を活用して、多くの労働者が政策への意見を直接表明したこと、集団的な意見表明が一つの新たな運動として形になったことを意味している。これは、労働法規制緩和政策に対する、新たな労働者の表現活動形態として高く評価しなければならない。

最後に、政府・厚生労働省は、上記パブリックコメントで表明された看護師の日雇派遣導入への反対の声を踏まえて、ワクチン接種を口実とした看護師の労働者派遣解禁を撤回すべきである。そして、国・自治体が公的責任をもって看護師を直接雇用することを前提に、ワクチン接種人材を手厚く待遇して募集することを繰り返し強く求めるものである。

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