脇田滋
2020.2.12
カーペットや内装材の総合メーカーである「東リ」伊丹工場で働いてきた労働者たちが労働条件の改善を求め、労組を結成しました。
24時間操業を3交代勤務で働き、年収300万円台前半という厳しい労働条件でした。会社の従業員ではなく、1999年頃から、請負業者(大阪市内)に雇われる形式で東リの工場に通い、長い人は18年も働いてきました。
ところが、会社は、2017年、突然、請負ではなく、労働者派遣に切り替えることにし、面接を受けて派遣会社に移籍するように指示したのです。ところが、「全員移籍に向けて派遣会社の面談を受けた。直後に組合員16人のうち11人が組合を突然脱退。脱退者は全員、派遣会社に採用され、5人は不採用になった」のです。
東京新聞2019年7月16日
http://hatarakikata.net/modules/hotnews/details.php?bid=900
突然、雇用を失った5人が原告となり、会社(東リ)を相手に直接雇用を求める裁判を闘ってきました。会社が、長年間、利用してた「請負」は、派遣と実態が異ならない働かせ方で、違法な「偽装請負」に当たります。
労働者派遣法40条の6は、こうした違法派遣の場合、派遣先会社(東リ)に直接に労働者に労働契約申し込む義務を定めています。裁判では、この規定に基づいて派遣先(東リ)が5人の労働者を直接雇用することが争点となっています。
韓国では、偽装請負の不法派遣をめぐって、大法院〔=最高裁判所〕が、派遣法(派遣勤労者保護法)に基づいて、受入れ企業に対して直接雇用を命ずる判決を相次いで出してきました。ところが、日本では、派遣法に派遣先の直接雇用をめぐる明文の規定がなかった時に出された最高裁判決(パナソニックPDP事件)は、直接雇用を認めませんでした。
しかし、2012年の法改正で、直接雇用を義務づける明文規定(労働者派遣法40条の6)が制定されました。ただ、それ以降、この規定の適用をめぐる判決はまだ出ていません。今回の東リ事件で、初めての裁判所の判断が出ることが大いに注目されているのです。
来月(2020年3月)、判決が神戸地裁で下される予定です。判決を前に、支援する団体(東リの偽装請負を告発し直接雇用を求めるL.I.A労組を勝たせる会)のチラシができました。そのチラシに、私の意見が次のように短くまとめられています。
脇田滋 龍谷大学名誉教授
・労働法令を守ることは企業が負う当然の責任
労働法は、働く労働者を保護する法律です。憲法が定める労働権・労働条件(第27条)、団結権(第28条)に基づいて、弱い立場の労働者の保護を目的に、多くの労働法令や社会保障の法律が定められています。政府・自治体だけでなく民間企業も、「経営上、大きな負担となる」という理由で、労働法令を守らないことはできません。
・「偽装請負」利用というブラックな「脱法行為」
法令が定める責任・負担を逃れる目的で、労働法を守らない労務対策が出てきました。その一つが「偽装請負」です。社員として雇用せず、「名ばかりの請負業者」に雇用させて、その従業員を受け入れて働かせる方式です。実際に指揮命令し、生産工程に組み込んで社員と同様に働かせる企業が、法令所定の使用者責任を負わない脱法行為です。解雇責任や均等待遇の義務も「偽装誘負」を利用すれば「所属企業が違う」という口実で企業が容易に責任逃れできてしまいます。
日本の労働法は、第2次大戦後、「偽装請負」を厳しく禁止しました。労働基準法第6条は「中間搾取」を禁止し、職業安定法第44条は「偽装請負」自体を「労働者供給事業」という違法行為と定め、罰則をもって禁止したのです。
・例外としての「労働者派遣」と違法派遣への規制
ただ、1985年労働者派遣法は、「許可」要件などを定めて「偽装請負」の一部に限って適法化しました。その後の法改正で対象業務が広がり、2004年からは製造業務も派遣対象業務になりました。しかし、あくまでも「派遣」は例外で、「無許可派遣」は許されません。また派遣法は、派遣先にも一定の使用者責任を定めました。そこで企業の中には派遣法も逃れるために「偽装請負」を利用する脱法行為が続いたのです。
2000年代に入って「偽装請負」の弊害が大きく注目されました。08年「派遣切り」が問題なり、12年派遣法改正で、「偽装請負(違法派遣)」を利用した派遣先には、揮派遣労働者を直接雇用する義務が定められました(15年改正を経て、現在は「派遣法40条の6」の規定)。
・派遣法40条の6をめぐる初めての裁判
偽装請負をめぐる先行事例(パナソニックPDP事件)は、派遣法40条の6の規定ができる前でした。09年の最高裁判決は新規定に基づく判断ではありません。東リ・偽装請負事件では、「偽装請負」で働かされていた労働者が、派遣法40条6に基づいて派遣先に直接雇用を求めています。40条の6という派遣法の新規定が争点となる最初の裁判です。
・「偽装」を許さず、実態に基づく判断を
国際労働機関(ILO)は、すべての労働者の「人間らしい働き方(Decent Work)」を各国に求めていますが、契約形式を利用した「偽装的な労働関係」の撤廃を求めています。EU諸国や韓国の裁判所は、実態に基づいて判断して、実際に労働者を使う企業の使用者責任を重視しています。最近になって、日本でも「非正規雇用改革」が進められ、派遣先の雇用責任強化と均等待遇義務導入の法改正があったことは重要です。
裁判所は、国内外の労働法の新動向を踏まえつつ、「就労の実態を重視する」労働法の趣旨に基づいて、公正な判断を下すことが求められています。